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エーザイ元CFO柳氏が語る、“柳モデル”によるESGと企業価値の訴求-人的資本の定量化とパーパス経営が高める人財獲得力-

「BeyondTheBlack TOKYO 2022」レポート#1
8月24日から25日にかけて、今年で4回目となる「BeyondTheBlack TOKYO 2022」がオンラインで行われ、今年も多くのゲスト講演者の方々にご登壇いただきました。その中から基調講演や実務者インタビューなど各セッションの様子を本ブログにてシリーズでお伝えします。
シリーズ1回目はエーザイ株式会社シニアアドバイザーの柳良平氏による基調講演です。

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エーザイ株式会社 シニアアドバイザー 早稲田大学大学院 会計研究科客員教授

 柳氏は、日本企業が企業価値を高めるカギはESG価値(非財務資本)の定量化にあり、中でも人的資本の定量化とパーパスの従業員への浸透が、企業の人財獲得力を高める上で重要だと説いています。そのエーザイでの実践結果を「概念フレームワーク」「エビデンス」「具体的開示」「投資家とのエンゲージメント」の4つからなるトータルパッケージとして世に送り出したのが“柳モデル”で、今ではエーザイ以外の会社でも採用され、国内外の投資家からも高く評価されています。昨年の「BeyondTheBlack TOKYO 2021」に続いての登壇となり、今年も日本企業の経理財務部門のみなさまに対して、熱いメッセージを語っていただきました。

【アジェンダ】

見える化されない”見えない価値” (非財務資本≒ESG価値)

 講演の冒頭、PBR(※)で評価した日本企業の企業価値が米英に比べて著しく低いグラフを提示し、PBRが低いのは日本企業の非財務資本が投資家から全く評価されていない、中でも人的資本がほとんど評価されていないことにその要因があるが、昔から人を大切にしてきた日本企業がそんなはずはない。非財務資本の価値をきっちり定量化して開示して投資化と充実したエンゲージメントを行うことで、この不都合な真実は解消されるはず、というPBR仮説を披露した。

 日本でもESG経営を重視し、特に海外で事業展開している企業において積極的に情報開示する企業が増えているが、柳氏が日本企業のESG取組みを海外の投資家に伝えると「日本企業はESGを低い利益率の言い訳にしている。我々が知りたいのはESGがいかに企業価値の向上に貢献しているかだ」と厳しい声が帰ってくるという。実際、柳氏が2007年から毎年続けている世界の100人超の投資家に対するサーベイの結果を見ても、「日本企業は資本効率とESGとを両立して価値関連性を示して欲しい」という回答が2021年の結果では7割を超えている。

 一方で、日本企業がESG価値を定量化して人の価値もきちんと説明すれば、非財務資本の価値を企業価値に織り込むかという質問に対する海外の投資家の回答は、「日本企業のESG価値はすべて企業価値に織り込まれるべき」が約1/4、「ESG価値の相当部分は企業価値に織り込まれるべき」が5割弱という非常に力強いコンセンサスがあることが確認されている。「ここに“光”がある」と柳は力説する。「つまり、我々日本企業が潜在的なESGの価値を開示や説明で顕在化することで、企業価値を倍増させることができる蓋然性がここにある」と。

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※PBR(Price Book-value Ratio):市場が評価した企業価値(時価総額)が、会計上の解散価値である純資産(株主資本)の何倍であるかを表す指標

“柳モデル”の実証性とESG会計の提案

 “柳モデル”は企業のESG価値を見える化し、企業価値との関連性を示す方法論であるが、一部に「柳モデルはエーザイ特有のことですよね」という声があるという。これに対し、アビームコンサルティングやSMBC日興証券といった、第三者と共同で実施したエーザイ以外の企業に対する“柳モデル”を用いた回帰分析の結果を引用。エーザイ以外の数多くの日本企業において、人件費や研究開発、女性管理職の登用比率などの非財務資本の価値とPBRとの間には、正の相関関係があることが紹介された。

 講演の後段ではKDDINEC、日清食品などで“柳モデル”が採用されていることや、現内閣の取組みである「新しい資本主義」実現会議で紹介されていることなども言及されており、これは“柳モデル”が普遍的な方法論として認知されつつあることの表れと言える。

 また、柳氏は具体的な開示方法について“ESG会計”を提案している。ESG会計では「“柳モデル”に基づき、研究開発や人件費は費用ではなく投資である」という考え方の下、会計上の営業利益に研究開発費と人件費を足し戻したESG EBITこそが企業価値を測る上で重要な指標と位置付けている(ESG EBIT =営業利益+研究開発費+人件費)。

 そして、単に人件費の総額を足し戻すのではなく、ハーバードビジネススクール(HBS)が先行するインパクト加重会計(IWAI)を用いて人財価値を計算した結果を足し戻す必要があると説く。インパクト加重会計とは、従業員や環境、社会等に対する正負のインパクトを算出して財務諸表を補正する考え方で、人件費であれば男女間や人種間での賃金や昇格の差、人数比の差などが調整項目となる。

 講演ではHBSと共同でエーザイの従業員インパクト会計の分析をした結果、USの名だたる企業と比較してもエーザイの人財投資効率が非常に高いレベルにあることが確認された。この結果は投資家への説明のエビデンスになるだけでなく、社内でも共有することで、人事部では男女平等をさらに推進する根拠となり、特に労働組合から「従業員のモチベーションが上がった」というフィードバックがもらえたことは嬉しかったと柳氏は語っている。

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エーザイにおけるパーパス(企業理念)の浸透と人財獲得力の向上

 パーパス経営を掲げる企業は少なくないが、エーザイはパーパスを定款に挿入した世界で初めての企業であるだけでなく、その内容に“柳モデル”に関連する大きな特徴がある。それが定款第2条にある次の一文。

「本会社の使命は患者様満足の増大であり、その結果として売上、利益がもたらされ、この使命と結果の順序を重要と考える」

 患者様満足の増大は顧客や社会に対するESG価値であり、その結果として売上や利益といった経済的価値を創出すると謳い、ESG価値と経済価値(≒企業価値)の両立、さらにESG価値の結果としての経済価値という順序を重視することで、短期志向ではなく、長期的視野に立った経営に努めることの重要性を示している。“柳モデル”は正にこのパーパスを証明していると言える。

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 そして、実際に企業価値を高める上で重要なのが"パーパスの従業員への浸透"で、パーパスが浸透している企業ほどROEも株価も高いというHBSの調査結果に続いて、エーザイがパーパスを従業員に浸透させるためのユニークな取組であるhhc研修(※)が紹介された。柳氏は、このhhc研修が日本だけでなく海外においてもエーザイの人財獲得力を高める上で大きな力になっていると力説する。
「(アメリカにおいても)長くいる人や、このhhcの信奉者ほど、優秀で長期リテンションできている。したがって、人的資本、企業理念、“柳モデル”による定量化と証明がトータルパッケージとなって企業価値を高めて、さらなる人財獲得力につながっている。」

 今年6月でエーザイのCFOを退任した柳氏は、今後は“柳モデル”やESG会計などの考え方を日本全体に展開すべく、今年の9月には早稲田大学で会計・ESG講座の開設を予定している。「ESGが、特に人的資本の開示や定量化が日本を救うと信じている」と語る柳氏は、次の言葉で講演を締めくくった。

「ESGジャーニー。正解のない旅路。我々はまだゴールから遠いのかもしれないが、“柳モデル”や回帰分析、ESG会計などのヒントを組み合わせることで、少しでもゴールに近づけるように、みなさんと一緒に歩いていきたい」


※ヒューマン・ヘルスケア(hhc)実現のための社員研修
https://www.eisai.co.jp/hhc/activity/023.html

<スピーカー>
エーザイ株式会社 シニアアドバイザー
早稲田大学大学院 会計研究科客員教授
柳 良平 氏

BeyondTheBlack TOKYO 2022 の3つの基調講演・エグゼクティブ対談をまとめた
イベントレポートを公開しておりますので、こちらもぜひご覧ください。

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