【ファイナンス×人的資本 】オムロン、キリン、NECが語る、成長機会創出に向けたファイナンスリーダーの役割とは
「BeyondTheBlack TOKYO 2023」レポート
2023年8月23日・24日の二日間にわたり、ブラックライン株式会社主催による「BeyondTheBlack TOKYO 2023」を開催いたしました。今回のテーマは「ファイナンス×人的資本経営」で、非常に多くのお客様にご参加いただきました。本ブログでは、その一部をレポートさせていただきます。
<モデレータ>
日置 圭介 氏 一般社団法人日本CFO協会/一般社団法人日本CHRO協会 シニア・エグゼクティブ
<パネリスト>
田茂井 豊晴 氏 オムロン株式会社 執行役員 グローバル理財本部長
青山 朝子 氏 日本電気株式会社 Corporate SVP、Deputy CFO 兼 経理財務部門長
松尾 英史 氏 キリンホールディングス 財務戦略部長
オムロン、キリン、NECの3社が「人的資本経営」にどのように向き合っているか。そして、ファイナンス部門として成長機会の創出にどのように取り組んでいるのかを語りました。
また、FP&A機能の構築やHRとの連携など、今多くのファイナンス部門が直面しているアジェンダについてパネリストがお互いに気になることを問いかけ、意見が交わされました。
「人を大事にする経営」の再定義
人材を「資本」として捉え、人材の価値を最大限に引き出すことで、持続的な企業価値の向上につなげる「人的資本経営」という言葉は、近年ますます重視され普及してきました。背景には日本企業の企業価値に対する取り組みへの要請、人材・働き方の多様化などの課題、また企業の人的資本に関する情報の項目と内容の開示が義務化されたことなどがあげられます。モデレータの日置氏は、この言葉への疑問をなげかけました。
「そもそも人を大事にするという経営の本質的な考え方は、松下幸之助氏の時代から日本企業では語られてきました。今あらためて人的資本という言葉を使わなければならない状況になってしまっていることに違和感もあります」と述べます。ファイナンス理論面からも、資本とは投下されるものであり、人的“資本への投資”という側面はよくよく考えるとわかりづらい。人的資本投資とは何か、どこに焦点を当てるべきなのかといった問いかけを、パネリストの3名に行いました。
これを受け、オムロンの田茂井氏が、同社の人的資本の視点を語りました。オムロンは今年90周年を迎え、現在は中期計画の中で、事業のトランスフォーメーションを掲げ、コンポーネント中心からサービス重視へとのシフトを掲げています。人的資本とダイバーシティ、そしてインクルージョンといった、非財務指標が重要な要素とされています。
「人の創造性を企業の財産として捉えるという視点が重要です。単に資本を膨らませるための投資ではなく、価値を創造するために人に投資するという考え方で取り組んでいます。」(田茂井氏)
NECの青山氏は、CFOとして経理財務、FP&A(フィナンシャルプランニング&アナリシス)の統括を担当する中での企業戦略と企業文化の調和という課題に取り組んでいます。同社は近年、お客様のDXの推進とともに、自社におけるAIへの集中的な注目とデジタルへの移行を進めています。AIを用いたエンゲージメントスコアの向上策に取り組む中で、エンゲージメント、リスキリング、ダイバーシティの施策が経営の指標と正の相関性があることが明らかになりました。
「社員のエンゲージメントが高まることで、価値を生み出すという正の循環を作りたいと考えています。人材戦略と経営戦略が連動したものになっている時は、非常にプラスの効果を生むのです。」(青山氏)
キリンホールディングスの松尾氏は、CSV(Creating Shared Value)の視点から人的資本への見解を語りました。一般的にはビールのイメージが強いキリンですが、発酵技術やバイオテクノロジーをベースに、医領域やヘルスサイエンス領域と事業領域を拡大させています。人材面でも多様性を追求し、食から医に渡る領域で社会課題の解決につなげています。
「CSVに共感する人が入社いただくことで、さらに課題解決が進み会社の価値が向上していくと考えています。CSV経営の基盤は人であり、ダイバーシティも同時に重要な要素です。さらには、エンゲージメントが高まると、業績も向上していくという傾向は確かにあると考えます。」(松尾氏)
人材のダイバーシティを進めることは、事業の多様化にもつながり、業績に連動する──こうした見方は3名とも共通した見解です。青山氏は、NEC内ではダイバーシティの推進が統括部長以上の評価基準に組み込まれていることを明かしました。
「経営層には、女性、外国人、中途採用者の人材活用の目標値達成に対する強いコミットメントが求められています。」(青山氏)
さらに女性リーダーの代表としてもチャレンジを応援したいとし、「人口の半分を占める女性の活用ができないのでは、ダイバーシティとは言えません」と強調しました。
松尾氏は、キリンでもダイバーシティの指標には女性と外国人経験者採用が重視されているとし、こう語ります。
「事業ポートフォリオの運営という視点からスキルや経験のダイバーシティも重視しています。単なる業務目標にとどめず、実際の業務内容からスキルセットの多様性へと広げるための、よりわかりやすい伝え方が必要と考えています。」(松尾氏)
社内にどう浸透させるか
人的資本への取り組みを社外に開示していくと同時に、社内に浸透させていくことも重要となります。田茂井氏、松尾氏の両氏とも社内の伝達や浸透に課題を感じていました。
「開示項目のデータ収集が主眼となる一方で、社内への意図の伝達が弱くなりがちでした。意図や目標と連動させ、社内できちんと落とし込まれる必要があると思います。」(田茂井氏)
「統合報告書を外部に公開するだけでなく、社内で本当に理解されているのかと社外取締役から指摘されます(笑)。インターナルなコミュニケーションはまだまだ不足しているところもあり、統合報告書をベースに上長とメンバーが対話をするような機会を創っていくなど、機会を提供していく必要性などを考えています。」(松尾氏)
ファイナンス部門の活動と役割
人的資本経営を推進する上で、ファイナンス部門はどのような役割を担うべきか。この点については、3氏からはそれぞれ別のアプローチが語られました。
「目指すべき方向を明確にし、組織の意志(will)と個人の意志を一致させる取り組みとして、メンバーとの対話で、目指す方向との調整を行っています。また、他社と一緒に若手向けの研修を開催するなど、外部からの視点を取り入れながら、社内の人材が刺激を受けて成長する風土を作ろうとしています。」(田茂井氏)
NECはファイナンス部門を大きく改変し、FP&A BP改革を推進しました。背景にあるのは、同社の経営改革でした。2000年代のグローバル競争の中で、グローバル規模での事業展開が進まず、ポートフォリオの変革に課題を抱えていました。2010年以降構造改革を進め利益体質への転換を図ってきましたが、2018年の改革では実行力の改革としてポートフォリオの見直しの他、制度や仕組みを整えました。FP&A BP改革は、経営計画実行の根幹として、ファイナンスがビジネスパートナーとして中計の実行を支え、利益体質への転換成功のドライバーとなりました。
「組織改革として、FP&Aへの名称変更を行い、CFO組織への転換を図りました。組織名の変更によって、ワンチームとしての意識が強まったといえます。名前をFP&Aに変更するだけでなく、人材面でも各自の専門知識を強化し、マインドセットの転換を進めています。」(青山氏)
NECの経営改革では、人材・組織改革と同時に、受注から売り物の定義、コード体系など全業務のプロセスの見直しを推進しました。標準化と一元化を推進し、ダッシュボードによるデータの見える化を行うことで、「経営陣と現場が同じ数字を基にリアルタイムなディスカッションを展開できる仕組み」も実現できました。
キリンもまた「FP&A」を約2年前から導入し、経理・財務の部門以外にも展開するための取り組みを進めています。
「当初はFP&Aが何であるのか理解されにくかったのですが、実際に実行することでその意義が共有されるようになりました。現在の課題は、FP&Aを事業部門に浸透させることです。そのため、コーポレートのFP&Aと事業のFP&Aと役割を分け、事業との連携を強化しようとしています。」(松尾氏)
各社ともFP&Aへの組織改革は、想定以上の効果があったと述べつつ、名称の変更だけでなく経理、財務戦略の業務効率化を図り、事業と繋げていくマインドの変革が重要であることを強調しました。
日置氏は、マインド変革や新たな組織風土作りにまで踏み込んでいるこの3社の取り組みは、経営戦略、ファイナンス戦略、人材戦略を一体のものとして進めており、多くの企業にとって大いに参考になることを示しました。「人的資本への取り組みは1つの言葉では語れず難しい面もあるが、各社しっかりと取り組んでもらいたい」と語り、ディスカッションを締めくくりました。